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私がカレー屋を始めた理由

1982年 私の誕生

2002年 東京の有名カレー店に出会う

2008年 東京のカレー研修会に初参加

2009年 カレー有名店の社長と知り合う

2014年 黄金マッハカレー誕生


私が二十歳のころ、東京の有名店でカレーを食べた。

家で作る市販のカレーになれていた私は、本物のカレーを食べて驚いた。

「何かが足りない。美味しくない。」これが本当に有名店のカレーなのか?

材料費をケチって利益を上げようとしてるのではないか?

これなら自分でスパイスから調合してカレーを作った方が美味しいものが作れるに決まっている!

若きころの私はそう感じた。

私は行動力だけはあったので、数万円のスパイスをまとめて購入した。

カレーのレシピ本を20冊購入し、研究に研究を重ね

オリジナルのカレー粉が完成、最高においしいと思われるカレーを実際に作ってみた。

私は一口食べて「不味い!!!」と衝撃を受けたのを今でも覚えている。

粉っぽくてボケた味のカレーだった。

それから毎日のようにカレーを作った。

スパイスを理解するために、コンタクトケースにスパイスを入れ、

目隠しをして香りだけでスパイスがわかるようにトレーニングをした。

しかし、理想のカレーには程遠い。

何を血迷ったか、東京で開催されているカレー研修会に参加し、

そこで、1日数万円でカレー有名店で修業させてもらえる機会に出会う。

私は会社を辞めて、内緒でカレー有名店に通い修行をした。

そこで、「何かが足りない」の原因が明確になり、

満足のいくカレーを作り上げることができた。

それが当店のカレーである。

 

話は最初に戻る。

私が二十歳の時に食べた有名店のカレーを、今の私に食べさせたら何というだろうか?

結局、何年もかけカレーを勉強してきたが、

恥ずかしながら「あの時食べた有名店のカレーは正しかった」と訂正する。

あの有名店のカレーを、もっと美味しく、わかりやすくして故郷の諏訪に戻りお店を始めたい!

私のカレー人生がここからスタートしたのである。



突然だが、私は新潟の海が好きである。

新潟の海辺に、魔法をかけたような美味しい鶏の唐揚げが食べれる屋台があった。

その屋台は、おじいちゃんとおばあちゃんが夫婦で屋台をやっていた。

私は、その唐揚げを食べて衝撃を受けた。信じられないぐらい美味しい!

その屋台に私は通った。

屋台のおじいちゃんと仲良くなり、唐揚げの隠し味を教えてもらった。

それから数年が経ち、いつの間にか海辺から屋台は消えた。

私は大好きなおじいちゃんの唐揚げが食べられなくなったのだ。

そこで、昔教えてもらった隠し味やコツを思い出し、

自分のために、あの味の再現を行ったのだ。

私は業務用の揚げ物機をなんのためらいもなく購入した。

毎日唐揚げを作り、近所に配り、味の再現を試みた。

ついに、海辺屋台の唐揚げの再現に成功。

それが、当店で使用している「2週間2段熟成させた秘伝のタレ」なのだ。

新潟は、日本で一番唐揚げを愛する県だと言われている。

日本で指折りの有名唐揚げ店も存在する。

あのおじいちゃんは何者だったのだろうか。

私はこの味を、新潟の海辺ではないが伝承していこうと決意した。